《歩哨兵の一日》

《歩哨兵の一日》

通奏低音の兄弟子にあたり、現代音楽をメインフィールドとする日本のピアニストといえば!の大井浩明さんから、光栄にも委嘱新作のご依頼を頂きまして、今月初演と相成ります。

〈先駆者たち IV 〜 Portraits of composers 第55回〉〜投機者 I ヒンデミット

ヒンデミットフィーチャーということで、彼が本格的に作曲家としてデビューする前の、第一次世界大戦従軍時代に思いを馳せて書いた作品となります。メインの《ルードゥス・トナリス》は、3月に取り上げられるショスタコーヴィチの《24の前奏曲とフーガ》と並んで、20世紀対位法作品の金字塔の一つであります。滅多に生で聴ける作品ではありません。是非足をお運びください!

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根本卓也:《歩哨兵の一日》(2024、委嘱初演)
 ヒンデミットは1918年、第一次世界大戦末期に従軍している。最初は軍楽隊員だったが、後に歩哨兵として前線にも配備された。ラヴェルもそうだったが、人々は当時こぞって愛国心から戦地へと赴いた。彼の《クープランの墓》は、戦死した知人の墓碑銘だし、すでに末期の直腸癌だったドビュッシーは、最晩年の作品《家なき子のクリスマス》(”Noël des enfants qui n’ont plus de maison”)で、「フランスの子どもたちに勝利を与え給え!」と自作の詞を締めくくっている。シェーンベルクは42歳にして従軍しているし、アルバン・ベルクも丁度《ヴォツェック》の作曲中に入隊している。

 日本人にとって、第一次世界大戦はあまり印象が強くないが、ヨーロッパ人にとっては(ナチス・ドイツのそれとは全く別の意味で)真のトラウマを残した戦争だったようだ。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作のピーター・ジャクソン監督によるドキュメンタリー、『彼らは行きていた』(”They Shall Not Grow Old”)などを見ると、「塹壕戦」という未知の世界へのイメージが、多少なりとも持てるかもしれない。

 They shall grow not old, as we that are left grow old;
 残された我々は老いていくが
 Age shall not weary them, nor the years condemn.
 彼らは歳月に疲れ果て、衰えゆくこともない
 At the going down of the sun and in the morning
 陽が沈み、また昇るたび
 We will remember them.
 彼らを思い起こそう

 (Lawrence Binyon ”For the fallen”(1914)より)

 ヒンデミットがアルザスでバスドラムを叩いている頃に完成させたのが、《弦楽四重奏曲第2番 Op.10》だ。第2楽章は「主題と変奏」と題されているが、その半ばほどに「遅いマーチのテンポで―遠くから聞こえてくる音楽のように」と指示された変奏がある。チェロがドラム風のリズムでピッツィカートを奏する上で、軍楽隊のパロディであろう明るいメロディが聞こえてくる。やがて彼はフランドルの塹壕で地獄を見ることになる。

 「おれはこの頭の中に戦争を捕まえたんだ。そいつはいまだってこの頭の中に閉じ込めてある。」(ルイ=フェルディナン·セリーヌ『戦争』)