フランス語"r"の発音について

フランス語”r”の発音について

この秋はNISSAY OPERA 2024《連隊の娘》にスタッフとして参加します。

イタリアの作曲家ドニゼッティのオペラですが、パリのオペラ=コミックで初演されたこともあり、フランス語の歌詞/台詞で上演されます。

今回、ディクションコーチも兼任していますが、大体どの現場でも:

・リエゾンをどこでどの程度するのか(しないのか)
・鼻母音はどの程度鼻に抜いて、どんな音になるのか

このあたりが大きなトピックになります。それと同じくらい議論になるのは“r”の発音です。

一般に舞台ではイタリア語同様に巻き舌で発音される”r”ですが、その一方で、フランス人歌手の録音には、エディット・ピアフ等のシャンソン歌手は言うに及ばず、「喉のr」で発音しているものが多数あります。我々外国人は何を拠り所にすれば良いのか?

Webを検索すれば、様々な説に行き当たりますが、典拠がどこにあるのか良くわからないもの多く、鵜呑みにするのが憚られる・・・ということで、ここで一つご紹介するのが、Modern Language Society of Helsinkiが1899年以来発行している学術誌に掲載された、George STRAKA “CONTRIBUTION A L’HISTOIRE DE LA CONSONNE R EN FRANÇAIS”Neuphilologische Mitteilungen, Vol. 66, No. 4 (1965), pp. 572-606)の記述です。

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・ラテン語由来の”r”の発音は言うまでもなく巻き舌だが、17世紀後半には既に、喉の”r”の存在は確認されている。

・しかし、それ以前から巻き舌のrは”l”や”z(!)”に置き換えられる傾向があったようで、この一見奇異に感じる発音の変化は、巻き舌の際の舌先の運動が低下することにより、英語の”有声のth [ð]”に近い音を経由してもたらされたと考えられる。

・そもそも、中世以降rの発音は他の音に置き換えなくとも、弱くなる傾向が強く、語中の位置によっては全く発音しないこともしばしばあったようだ。

・ところが、17世紀にそれらの傾向への反動から、rの発音が復活するようになった。その際、庶民階級は昔以上に巻き舌をはっきりするようになったが、上流(貴族)階級の間では、代わりに舌の後ろ側を持ち上げる発音(=喉の”r”)が流行した。

・その後、ブルジョワ階級が貴族階級の発音を模倣するようになり、フランス革命以降は市民階級の間でも一般化して今日に至るも、方言として巻き舌のrは各地に残っている。

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・・・ということで、この2つの発音の差は、主に階級を反映する指標になるということはわかりました。しかし、歌や芝居では古くから喉のrは批判の対象だったようで、18世紀のある辞書(Dictionnaire des gens du monde, Paris, 1771, tome III, p.75)にはこうあります:

“喉のr音は…我々が朗読や歌、何より舞台において期待する「普通の」発音をぶち壊しにする”

フランス語の歌を歌いたいけど、rの発音に抵抗があって・・・という皆さん、安心して舌を巻いて良いみたいですよ。